着る物 洋服やファッションにつて

 いつからだろう。
 着るのがめんどくさい。選ぶのが・・・。
 汚れるのが嫌だから、どうしても2軍の服ばかり着てしまう。かと言って、本当にお気に入りの物が明確にあるわけでもない。

 きっかけは、
1、おしゃれをして出かけるようなことがなくなった。デートとか、飲み会とか、友達と遊びに行くとか。
2、子供がいて、汚されるし、気を遣わずに済む服ばかり着るようになり、中古や古着が増えた。トレンドとか一切ない感じ。
3、結婚して油断している。自分を磨いていない。
4、田舎暮らし。人と会うこともそんなにないし、車でドアからドアへの生活。
5、鏡に映った自分の全身を見ることもない。(都会は大きなガラスとか、鏡とか多いよね)


そこそこ恥ずかしくない、臭くない格好をしていればそれでOK

自分で思うのだが、本当はファッションが嫌いではないのかな?
全くこだわりがなければ、どんなものを着て、どんな格好をしていようが気にならないはず・・・。

 でも、ダサい恰好をしている自分にどこか自信を持てない?気後れしている自分を感じる(感じるならマシ、感じないようにしてる)そういう日常になってしまっている。

 極端な話、何を着るかって、どう見せたい、どう生きるのか。ってこととつながっていると思う。無意識の中でもね。

 ゴタクはともかく

 結局私は、「楽な恰好」ばかりしている。一日スエットでダラダラしている人の事なんか言えない。理屈は同じだ。楽だから。この場合の楽だからというのは、精神的にという意味ではあるが・・。汚れても気にならない。

 自分が楽かどうかだけが基準。その次に、どう世間に映るか?っていう順番。

 だから、あんまり人のことは意識していない。でも無意識では気になっている。だから、自信が持てなくなるわけだし。

 中身に自信があればいい?それもそうだが・・・やっぱりいまいちな格好しているという自覚があるわけだから、そうであっても、それが足を引っ張ることはあると思う。
 逆に言えば、中身の自信だって、自信を持てる格好をしていた方が引き出されるわけだ。

 要は、自分で自分に納得していればいいんだろうね。それが必要最低条件ではあるわけだ。

 そのうえで、人は多くの場合、外見で判断されてしまうという事実。
 ほんの少しの努力で、ちゃんとできるのに、それを「するか、しないか」の違いはけっこう大きいのではないか。

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